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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)6543号 判決 1999年4月15日

原告

武内美津江

被告

南淳雄

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金一〇八万六七五〇円及びこれに対する平成七年七月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して金四四九万八四六九円及びこれに対する平成七年七月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

左記事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

日時 平成七年七月三日午後〇時三〇分頃

場所 大阪府豊中市本町一丁目一二番先路上(以下「本件事故現場」という。)

事故車両 普通貨物自動車(なにわ一一く五一六六)(以下「被告車両」という。)

右運転者 被告南淳雄(以下「被告南」という。)

右保有者 被告佐川急便株式会社(以下「被告会社」という。)

歩行者 原告

態様 原告が本件事故現場の交差点(以下「本件交差点」という。)において西から東へ横断歩道を渡り終えようとした際、停車中のバスの後方に続く被告車両が右に直角の形で急転回右折してきて、その際、被告車両の右サイドミラーが原告の右側頭部に接触した。

2  責任原因

(一) 被告南

被告南は、被告車両を運転して本件事故現場付近に差し掛かった際、横断歩道上の原告の動静に注意すべきであったにもかかわらず、漫然と右転回を図った過失により前方一・七メートルに原告を発見したが、衝突を避けられず本件事故を起こした。したがって、被告南は、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告会社

被告会社は、被告車両を保有し、これを自己のために運行の用に供するものである。したがって、被告会社は、自賠法三条に基づく責任を負う。

被告南は被告会社の従業員であり、本件事故は被告会社の事業の執行中に発生したものである。したがって、被告会社は、民法七一五条に基づく責任を負う。

3  傷害の発生

原告は、本件事故により、右側頭骨打撲、右耳管狭窄症、右感音性難聴、右神経性耳鳴、頸部挫傷、右側頭部挫傷、外傷性顎関節炎(右側)の傷害を負い、次のとおり、通院加療を要した。

(一) 大島耳鼻咽喉科 平成七年七月三日から平成八年五月一八日まで

(実日数一一六日間)

(二) 児島千里園整形外科 平成七年七月一一日から平成八年三月三一日まで

(実日数一三三日間)

(三) 市立豊中病院歯科 平成七年七月一八日から同年一二月二〇日まで

(実日数八日間)

4  原告の損害額

(一) 治療費 二万三五四九円

(二) 通院交通費 二六万八七二〇円

(三) 休業損害 二六三万六二〇〇円

(計算式) 3,012,800×10.5/12=2,636,200

(一円未満四捨五入)

(四) 通院慰謝料 一一七万円

(五) 弁護士費用 四〇万円

よって、原告は、被告らに対し、前記各責任原因に基づき、連帯して四四九万八四六九円及びこれに対する本件事故日である平成七年七月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は否認する。原告主張の事故は存在しない。すなわち、被告南は、被告車両を運転し、本件交差点を右折しようとしたが、まず手前で一時停止をし、歩行者等のいないことを確認の上ゆっくりと右折発進した。このように右折を始めようとしたところ、急に被告車両の右側に原告が見えたので危ないと思い急停止をしたが、もともと速度が出ていなかったので、その場にすぐ停止した。幸い原告とは衝突も接触もしなかった。

2  同2につき、(一)の事実は否認し、被告南が損害賠償責任を負うことは争い、(二)のうち被告会社が被告車両の運行供用者であること及び被告南が被告会社の事業の執行として被告車両を運転していたことは認めるが、被告会社が責任を負うことは争う。

3  同3の事実は不知。右1において述べたとおり、被告車両は原告と接触していないが、仮に接触したとしても、被告南が気づかないほど軽微なものであり、可動式のミラーの位置や向きも動いていないこと、足の悪い原告でも転倒していないこと、現場でも特に異常が感じられなかったこと、事故後に原告はまずパーマ屋に行っていること等から、受傷をするような接触とは思えない。ところが、原告は、複数の医院に頻繁に通院をしており、本件による受傷としては明らかに過大である。したがって、仮に原告主張の症状が存在したとしても、経年的な老齢疾患や平成五年の事故によるものであり、本件と因果関係がない。

4  同4は不知ないし争う。原告は、本件により受傷していない。

三  抗弁(寄与度減額)

原告主張の症状には、経年的な老齢疾患や平成五年の事故による症状等が混じっているから、民法七二二条二項の類推適用による寄与度減額をすべきである。

四  抗弁に対する認否

否認する。原告は、本件事故当時、平成五年の事故による足の治療を受けてはいたが、耳鼻科を含めて首から上の治療は受けていない。ところが、本件事故当日から原告は顔面右側を中心とする痛みと右耳の耳鳴りや難聴が発生したため、これらの治療を受けたのである。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1について

証拠(甲二、三、二二、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告南は、平成七年七月三日午後〇時三〇分頃、被告車両を運転し、信号機による交通整理の行われていない本件交差点を右折しようとしたところ、被告車両の右前方の横断歩道上を歩行中の原告を発見し危ないと思いブレーキをかけたが間に合わず、被告車両の右ドアミラーが原告の右側頭部に接触したもの(原告は転倒はしなかった。)と認められる。

被告らは、右接触の事実を否認し、被告南も陳述書(乙一四)及び本人尋問において、急停止の結果、接触せず、原告から「危ないね」と叱られたので、謝罪し、そのまま出発したところ、ミラーで後方を見ると原告が睨んでいるように感じたので再び停車して謝罪しに行ったところ、原告が「当たったよ」と言い出したのであって、半信半疑の気持ちであったという趣旨のことを述べるが、接触していないにもかかわらず出発後ミラーで原告の様子を確認したり再度停車して謝罪をしに行くというのは不自然な面があるし、平成七年七月五日の実況見分の際の指示説明において被告南は接触の事実を認めていたこと(甲二)、本件事故当日原告が治療を受けた大島耳鼻咽喉科の大島医師は原告に右側頭骨打撲を認めていること(甲五1)に照らし、被告南の右陳述書及び本人尋問における供述はいずれも措信しえず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  請求原因2について

(一)  被告南の責任原因

右認定事実によれば、本件事故は、被告南の前方不注視の過失のために起きたものであると認められるから、被告南は、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき義務を負う。

(二)  被告会社の責任原因

被告会社が被告車両の運行供用者であること、被告南が被告会社の従業員であり、本件事故が発生したとすればそれは被告会社の事業の執行中であることは当事者間に争いがなく、本件事故が発生したことは既に認定したとおりであるから、被告会社は、自賠法三条に基づき、原告に生じた人身損害を賠償すべき責任を負い、また、民法七一五条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任を負う。

三  請求原因3及び4について

1  治療経過

証拠(甲五1ないし4、六1ないし3、七1ないし6、甲二二、乙二1、一三)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

原告は、平成五年一月二二日、ミニバイク運転中に普通乗用自動車と衝突する事故(以下「別件事故」という。)に遭い、肋骨、足、臀部等に傷害を負い、自賠責保険により、右下肢に仮関節を残すものとして八級九号、右足関節の機能に著しい障害を残すものとして一〇級一一号、右足の第一の足指を含み二以上の足指の用を廃したものとして一一級一〇号、右下肢に手掌大以上の瘢痕を残すものとして一四級五号の各障害等級が認められ、以上を併合して七級の認定を受けた。別件事故の関係で相手方の付保する保険会社から休業損害として月額七万五〇〇〇円の支払を受けていたが、平成七年六月分の支払を同年八月に受けたのを最後に打ち切られた。

原告は、本件事故当日、大島耳鼻咽喉科にて診療を受け、右側頭骨打撲、右耳管狭窄症、右感音性難聴、右神経性耳鳴の傷病名につき、通院治療が開始された。同医院では、点滴治療と投薬にて聴力回復が認められ、右耳管狭窄症も通気治療にて改善が認められ、耳鳴りも次第に軽くなってきた。側頭部打撲による開口障害があったため、同医院から整形外科を紹介された。通院した医院及び通院期間は次のとおりである。

(一)  大島耳鼻咽喉科 平成七年七月三日から平成八年五月一八日まで

(実日数一一六日間)

(二)  児島千里園整形外科 平成七年七月一一日から平成八年三月三一日まで

(実日数一三三日間)

傷病名 頸部挫傷、右側頭部挫傷

(三)  市立豊中病院歯科 平成七年七月一八日から同年一二月二〇日まで

(実日数七日間)

傷病名 右外傷性顎関節炎

前認定の事故態様及び右認定事実によれば、原告の傷病のうち右側頭骨打撲、右感音性難聴、右神経性耳鳴、頸部挫傷、右側頭部挫傷、右外傷性顎関節炎については本件事故と相当因果関係にあると認められるが(ただし、後記のとおり加齢による影響や精神的疲労による影響も推認される。)、右耳管狭窄症については、本件全証拠によっても本件事故と相当因果関係にあるものと認めるには足りない。

2  原告の損害額(弁護士費用加算前)

(一)  治療費 二万一七四九円

(1) 原告は、本件事故の結果、大島耳鼻咽喉科の治療費として一万〇〇九〇円の治療費を要したものと認められる(甲八1ないし8、弁論の全趣旨)。

(2) 原告は、本件事故の結果、児島千里園整形外科の治療費を受けたが、同医院では別件事故のリハビリ治療も併せて受けたのであり、原告の請求する治療費のうち本件事故と相当因果関係にある分として四二〇〇円の限度で認める(甲九1ないし3、弁論の全趣旨)。

(3) 原告は、本件事故の結果、市立豊中病院歯科の治療費として七四五九円の治療費を要したものと認められる(甲一〇1ないし10、弁論の全趣旨)。

(二)  通院交通費 一四万円

原告が本件事故によって被った傷害の部位・内容及び児島千里園整形外科では別件事故のリハビリ治療も併せて受けていたことに照らし、原告の請求する通院交通費のうち本件事故と相当因果関係にある分として一四万円の限度で認める(甲一一1ないし404、弁論の全趣旨)。

(三)  休業損害 一三万四六四〇円

原告(昭和五年九月一〇日生、本件事故当時六四歳)は、本件事故当時、別件事故により併合七級の後遺障害を残していたこと、主婦として稼働していたこと、夫及び息子と同居してはいたものの夫とは家庭内別居の状態であり、息子は阪神大震災の影響で原告宅と妻の実家とを行き来しており、原告宅には週の半分を超える程度寄っていたこと、原告と夫とは平成七年一〇月に離婚したこと、平成七年一〇月一二日に仮設住宅に転居してから単身で生活していることが認められる(前認定事実、甲二二、原告本人、弁論の全趣旨)。

前記1認定の事実(傷病の内容、治療状況)及び右認定事実(別件事故による後遺障害、本件事故当時における生活状況)によれば、原告が本件事故当時の状態で従事していた家人のための家事労働は、日額二二〇〇円に相当するものであり、本件事故日である平成七年七月三日から仮設住宅に移転する同年一〇月一二日までの一〇二日間にわたり本件事故当時有していた労働能力が平均して六割低下した状態であったと認められる(なお、原告自身のための家事労働は人が生きるために必要な生活行為であるから、これを休業損害算定の根拠となる労働と評価することはできない。)。したがって、原告の休業損害は次の計算式のとおりとなる。

(計算式) 2,200×0.6×102=134,640

(四)  通院慰謝料 八〇万円

原告の被った傷害の内容・程度、治療状況等の事情を考慮すると、右慰謝料は八〇万円が相当である。

(五)  合計 一〇九万六三八九円

以上(一)ないし(四)の合計は、一〇九万六三八九円である。

四  抗弁について

前認定事実(本件事故態様、傷病名、本件事故当時における原告の生活状況等)によれば、右感音性難聴、右神経性耳鳴については、加齢現象や精神的疲労がその症状の発現及び継続についても寄与するところが相当程度あったものと推認される。ただし、加齢現象による影響についてはこれが年齢不相当に進行したものと認めるに足りる証拠はないところ、加齢に通常伴う程度の変性は個体差として当然にその存在が予定されているものであって、これを損害賠償の額を定めるにつき斟酌することは相当ではない。したがって、本件においては精神的疲労による影響のみを考慮することとし、民法七二二条二項の類推適用により一割の寄与度減額を行うのが相当である。

被告らは、右の外、原告主張の症状には別件事故に症状が混在していることをも主張するが、本件事故と相当因果関係にある傷病(右側頭骨打撲、右感音性難聴、右神経性耳鳴、頸部挫傷、右側頭部挫傷、右外傷性顎関節炎)について別件事故による症状が混在していると認めるに足りる証拠はないし、原告が児島千里園整形外科で別件事故のリハビリ治療も併せて受けていたことに関しては、既に治療費及び通院交通費の算定に際してこの点を考慮しているのであるから、重ねて寄与度減額することはできない。

五  原告の損害額(弁護士費用加算後)

(一)  以上掲げた原告の損害額(弁護士費用加算前)の合計は、一〇九万六三八九円であるところ、前記の次第でその一割を控除すると、九八万六七五〇円となる(一円未満切捨て)。

(二)  弁護士費用 一〇万円

本件事故の態様、本件の審理経過、認容額等に照らし、相手方に負担させるべき原告の弁護士費用は一〇万円をもって相当と認める。

(三)  合計

以上により、原告の損害額(弁護士費用加算後)は、一〇八万六七五〇円となる。

六  結論

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口浩司)

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